中国地方の山あいに敷設された芸備線、木次線が、存廃問題で揺れている。
芸備線は新見から広島まで、木次線は宍道から備後落合までの路線である。
庄原市の備後落合駅を発車する列車は、最も多い備後庄原方面でも1日5本。
新見方面と木次線は1日各3本だ。
需要の面から見れば、既に莫大な投資をして線路を維持する必要性は消失していると思われる。
芸備線、木次線に限らず、都市でもないこうした地域で、鉄道を必要とするほどの地域内輸送があるところはほとんど無いだろう。
現代における鉄道の需要は、少なくとも旅客に関しては都市内の移動と都市間の移動に限られている。
芸備線、木次線を鉄道として存続させるのであれば、その意義は小規模・短距離の地域内の輸送のためではなく、広島市と松江市やその周辺の都市群との連絡のため、ということになる。
しかし現在のダイヤでは、広島を11時2分に出発すると、三次で36分、備後落合で25分、宍道で37分の乗り換えを経て、松江に到着するのは18時47分である。
これに対して広島を11時18分に発車する新幹線に乗れば、岡山で乗り換えて14時53分には松江に到着する。
また、広島駅前を12時15分に発車する高速バスに乗れば、ノンストップで15時36分には松江に到着できるのだ。
これでは、仮に乗り換え時間が0になっても、芸備線・木次線が広島~松江間の移動に利用される可能性は無い。
そもそも、鉄道に限らず設備というものは一定の使用期間を見込んで作るものであり、それを経過したら新たな設備を建設して置き換えなければならない。
そうしなければ技術的に時代遅れになってしまうし、耐久性の面でも問題が現れてくるかもしれない。
技術的に時代遅れというのが、たんに揺れるとか制限速度が低いといった問題であればまだよいが、当然のことながら安全に関する技術や所要コストについても時代遅れとなってくる。
たとえば開業から60年を経過する東海道新幹線は、仮にリニアの建設をあきらめたとしても、何らかの代替施設を建設して置き換える必要がある。
芸備線に代表される地方交通路線についても同様である。
何十年も前の設備を後生大事に維持しても時代遅れになるのは当然であって、輸送力を維持するのであれば、最新の傾向を反映した新しい設備に置き換えなければならないのだ。
そう、目的は拠点間の輸送力の維持であって、現在存在する輸送手段の維持ではない。
芸備線は、日本の貨物の大幹線である山陽本線の迂回路としての役割を担える可能性もある。
この場合は、最新の機関車が通過できる規格の線路や、長編成の貨物列車の離合を可能とする列車交換設備が整っていなければ、いざというときに使えない。
反映すべき「最新の傾向」には、こうしたものも含まれる。
一方で、広島~松江間の需要を限界まで崛起したとしても、その大きさには限りがある。
また、いざというときに備えるとしても、可能な投資には限度がある。
目的に対して、より効率的な投資のやり方を追求するのは当然だ。
たとえば、木次線(宍道~備後落合)の全体を最新の設備を備えた新線で置換しなくても、備後落合から、すでに高速列車が運行されている伯備線の生山まで30 km弱の新線を建設すれば、それだけで備後落合から松江までが一挙に高速化される(空想A)。
何も木次線に添ったルートでもう一度建設しなければならない義務はないわけだ。
そして芸備線の新見~備後落合間と木次線の全線を廃止すれば、メンテナンス費用もかなり減少する。
貨物列車の迂回路としての役割を重視するのであれば、備後庄原~東城~新見の約50 kmの新線を建設して、芸備線の新見~備後落合~備後庄原と木次線を置き換えても良い(空想B)。
この図にはないが、芸備線の末端部と木次線を廃止して、代替として広島~浜田の高規格新線を建設するという手もある。
冗長性(リダンダンシー)の確保という観点では、これが一番効率が良いのかもしれない。
このようにして、より規格の高い新線に置き換えていった例は幹線を中心に多く存在するが、このような設備の高規格化は、存続させるすべての路線に対してなされていく必要がある。
要するに芸備線・木次線の問題は、それ自体を現在のままの形で永久保存すべきかどうかではなく、芸備線・木次線が本来担うはずの都市間輸送や貨物輸送(あるいはその冗長性の確保)が、鉄道によって担われなければいけないかどうか、というところにある。
さて、そのような新線建設による現線の置き換えには、建設技術の維持という意味合いもある。
JRとか地方自治体とかの目線からいったん離れて国家的見地から見ると、ある程度継続的に鉄道の建設を続けていかなければ鉄道の建設技術を維持することができない。
それでは重要路線を建設しようとしたときに困ってしまう。
だからもし重要路線の建設(更新を含む)の必要が無い時でも、鉄道の建設自体は一定程度継続しなくてはいけない。
そうした必要性の文脈の中で、芸備線や木次線のような地方路線についても、その果たすべき役割を精査して、それに適した形で設備の更新を図っていってもよいかもしれない。
実際には、募集すれば「重要路線」と称する案件が山のように寄せられるはずなので、そのなかから限られた予算の枠内で選んで建設を進めていくことになる。
芸備線・木次線が本来担うはずの役割を鉄道が担うためには、そうしたコンテストに勝ち抜けるだけの、他の地域・路線に対しての優位性を示すことができるかどうかもまた重要だ。