新型コロナウィルス感染症の流行はいまだ終息せず、政府の対応や国民の行動などに関して、報道からよっくすを含む素人評論家たちまで、多種多様な発言が喧しい。
本稿では、最近話題になっているPCRについて考えたい。
そう、かつて素人よっくすがサッカーについて語ったように、今回も流行に乗って素人よっくすが医療について語ろうという企画だ。
これまでの報道を見ると、新型コロナウィルスへの感染を診断するためのPCR検査の件数が不足しているのではないかという報道がかなり以前から行われている。
一方で、PCR検査に関する問題点もいろいろ報道が出回って、我々一般市民の目に触れるようになってきている。
その全てが真実かどうかはよっくすには判断できないが、大まかに言ってPCR検査の問題点は以下の2点に集約されるようである。
(1)PCRの精度に問題がある
(2)PCRを実施できる件数に限界がある。
それぞれ考えよう。
(1)PCRの精度に問題がある、について。
PCRとは、polymerase chain reactionの略であり、DNAを増幅する実験手法である。
たいへん感度が良く、検体の中に対象のDNAが1個でもあれば増幅され、その存在を確認できると聞いている。
「対象の」というのは、検体内の全てのDNAを増やすわけではないからである。
DNAというものは、A,G,T,Cと呼ばれる4種類の核酸のみから成っており、その4つの並び順が情報になっている。
ちょうどコンピューターが0と1だけであらゆる情報をコードしているようなものだ。
そして、PCRでDNAを増幅するといっても検体の中の全てのDNAを増やすわけではなく、増やしたい配列だけが増える。
要するにPCRとは、検体の中にある配列(増やしたい対象の配列)が存在するかどうかを調べる手法だということである。
問題の1つは、新型コロナウィルスがDNAでなくてRNAであるということである。RNAもDNAも似たようなものであり、RNAもやはり4種類のユニットからなるデジタルな配列であることはDNAと同じである。
しかし、決定的に違うのは、DNAはかなり安定だが、RNAはすぐ壊れるということだ。
なぜかと言えば、DNAは情報の本体なので簡単に消えたり修正されたりしては困るが、RNAは単なるメッセンジャーなので役目を終えたらすぐに消えてくれないと逆に困ることから、RNAを壊す酵素を全ての生物の全ての細胞が大量に持っているからである。
RNAを壊す酵素はそこら辺のちりやほこりの中にもあるので、取り出したRNAはすぐに壊れてしまう。
それだけではない。RNAはDNAと似ているがちょっと違うので、そのままではPCRで増やすことができない。
だから、RNAをもとにDNAを合成し、そのDNAをPCRで増やす、という手順を踏むことになる。
要するに、PCR自体はそんなに難しい実験ではない(と思う)が、調べたいモノがRNAであるためにひと手間余計にかかることと、RNA自体がすぐ壊れることという2つの問題点を抱えているのである。
このためRNAから出発するPCRというのは、それなりに熟練した人が実施してもわりと失敗が起こるものだとよっくすは認識している。
第2の問題点は、PCRというものはそこにDNAが無いと何も検出されないということだ。
よく考えてほしい。
感染のごく初期などは体のごく一部にしか感染が成立していないかもしれない。
気道にだけ感染しているのに鼻から検体を取っても、何も検出されないということだ。
この点が抗体検査との大きな違いだ。
というのは、抗体は血流に載って全身を巡るので、体内のどこで感染が成立しても、血を取れば白黒がつくからだ。
このような問題点があるので、PCR自体はたいへん感度の良い手法ではあるが、RNA型のウィルスの感染を診断するために使おうとするとかなり多くの感染者を見落とすことになる。
それは医師や検査技師の技術の問題ではなく手法自体の問題なので、努力で改善することはできないのだ。
それでも重症者であれば多くの部位で感染が成立していると考えられるので偽陰性の確率は下がると思うが、特に無症状の感染者の場合には偽陰性を発生させてしまう確率はかなり高いと思われる。
こういった特徴から、たとえば「100人中7人が陽性と判定されたので、30%の偽陰性を含むと仮定すると10%の感染者が存在すると考えられる」といった、疫学的な調査には使うことができる。
しかし、ある無症状の個人が感染者かどうかを判定するためには、ほとんど役に立たないはずだ。
そうはいっても陽性判定が出れば感染している可能性は高い。
陽性者を片っ端から隔離していけば社会の中から感染者が少しは減るから、感染者全部を見つけられなくても効果はあるのではないかという考え方はありえる。
それは一理ある。
よっくすもそれは正しい考え方だと思う。
ただしそれは、無制限に検査を実施できれば、という仮定の上での話だ。
そこで話題を次の問題点に移そう。
(2)PCRを実施できる件数に限界がある、について。
この問題については最近よく報道されるようになった。
これには大雑把に言って人、施設、道具の3つの問題がある。
まず検体を採取する人、検査する人の人数の問題だ。
それなりに熟練を要する手法であることは既に述べた。
何の素養も訓練もなく、いきなりできるものではない。
ただ、大学で生物関係の研究室に在籍した人なら基本的な知識は備えているはずなので、実は市中には多数の予備軍がいると考えられる。
あとはそれをどうやってかき集めるか、だ。
たいていは何らかの仕事をしていると思うので、それを辞めてこいとは言えない。
次に施設。RNAやDNAを扱う施設や設備の問題だ。
ただこれも、転用できる実験室的なものはあると思うので、よっくすはそんなには心配していない。
いま診断にはリアルタイムPCRが使われているようだが、そこまでの精度が無くても判定はできると思うし、転用できる装置はけっこうあるのではないだろうか。
よくわからないが。
最後に道具。この場合は反応を起こさせる試薬とか、PCR装置専用の容器、あるいはRNAやDNAを精製する際につかうフィルターとか、そういった類のものだ。
こういった一連の酵素や試薬、容器その他の道具をセットにして売っているものを「キット」と称している。
実はキットを使わなくても、ありあわせの器具を使って反応を実施することは可能なのだが、キットを使うととにかく処理速度が速いし、失敗も著しく少なくなるので、大量に検査しようというのにキットを使わないというのは現実的でない。
酵素は合成で作ることができないので、産生する微生物を培養して、そこから精製して作る。微生物の増殖に適した培地と、温度等の管理ができる設備が必要だ。
試薬は合成で作られるものも多いが、ガソリンのように大量に消費されるものではないので、製造ラインの大きさもそれなりである。と思う。
どんな原料から作るか知らないが、原料が硫酸とかアンモニアとかになってくると気軽にホイホイ作れるものでないことは想像できる。
チューブとかフィルターとかいった器具類はたいていはプラスチックでできているので、石油と鋳型があればできるのだと思うが、陰イオンや陽イオンを吸着するフィルターなどというものになってくると、それなりに複雑な工程と専用の製造装置などが必要になってくると思う。
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さて、以上3つの要素を挙げたが、このうちどれが欠けても検査は実施できない。
よっくすは医療関係者ではないので現場がどうなっているのかわからないが、とりあえず人と施設に関しては何とかなるのではないだろうか。
だが報道を信じる限り、キットは問題だ。
そもそもそんなに大量の需要を満たせるほどの供給能力が世界にあるのだろうか。
何しろ世界全体で一気に需要が高まっているのだ。
世界中で十分な検査をできる供給能力はたぶん無いし、数年たてば無駄になることが分かり切った製造ラインに投資できる企業も無いとしても無理はない。
ここまでは備蓄で乗り切れたかもしれないが、この先は細い供給量を考慮して、それで検査できる件数を念頭に置いたうえで対策を考えていかなくてはならない。
もしも日本が検査キットの一大製造供給地であったとするならば、世界中の恨みを買い、世界中を見殺しにしてでもそれを全て国内向けに振り向けるという戦略はありえるかもしれない。
だがたぶん実際にはそうではない。
どちらかといえば見殺しにされる側だ。
だから、片端から検査をして少しでも陽性者を見つけていくという戦略は、それができれば理想ではあるが、実際にはたぶん不可能であって、我々は別の方針を立てなくてはならない。
ではどれぐらいできるのか。
それはよっくすにはわからない。
政府はそれを考慮して現在の検査数だと説明するだろうが、それが正しいかどうかもよくわからない。
もっとできるのかもしれないし、既に無理をしているのかもしれない。
その辺は、報道ががんばって、我々国民に教えてほしいものだと思っている。
とりあえず検査数が少ないから増やせ、というような主張では何もわからない。
現在のPCR検査数が少ないのはなぜか、それを克服するためにはどうすればよいか、克服するためには国民はどんな犠牲が要求されるのか、そこまで掘り下げてこそ、初めて有用な情報といえるのではないだろうか。